カレーを作る時は、スパイスを調合してから作る事の方がおおいので、めったに市販ルーを買うことがない。たまには、市販ルーでも作ってみようかと思い立ち2種類買ってきて作ってみました。
一つは、ハウスのホワイトカレーで、もう一つはグリコのZEPPIN。
よくパッケージを見ると、グリコの商品はカレーではなくて、シチュー・・・・・。
どうりで甘いと思ったし、よく考えるとカレーの「トリュフ仕立て」なんておかしいわよね。食べ終わってから気付いて吃驚よ。
ちなみに、ハウス食品はさすが、元がスパイス屋なだけあって、あわせるご飯もサフランライスにしようとか、手の混んだアドバイスが出ていたわよ。同じ商品でもその会社の色々な個性が出るものね。
2008年01月16日
2007年04月17日
雷門切手小咄
浅草雷門の切手が欲しくて、浅草郵便局で聞いたところ、もう扱っていないとのこと。
「雷門の切手ありますか?」というのは、窓口では1日2、3回聞かれるFAQらしい。
詳しく聞いてみると、相当な枚数を発行したにもかかわらず相当売れない商品だったそうで、仕舞には全国から『手に負えないから浅草郵便局に送り付けてやれ、あそこなら売れるだろう』となったんだって言うから、驚きよね。
「無くなるとは思えない枚数に見えましたけど、売切れましたね〜」
結局、在庫は何枚あったかはわからなかったけど、全国からの在庫をさばくのに4、5年かかったと笑っていえるのがすごいわよね。
「雷門の切手ありますか?」というのは、窓口では1日2、3回聞かれるFAQらしい。
詳しく聞いてみると、相当な枚数を発行したにもかかわらず相当売れない商品だったそうで、仕舞には全国から『手に負えないから浅草郵便局に送り付けてやれ、あそこなら売れるだろう』となったんだって言うから、驚きよね。
「無くなるとは思えない枚数に見えましたけど、売切れましたね〜」
結局、在庫は何枚あったかはわからなかったけど、全国からの在庫をさばくのに4、5年かかったと笑っていえるのがすごいわよね。
2007年04月14日
浅草寺は、不動産屋みたいなもの?
いきつけのおすし屋さんで聞いた話。
台東区あちこちに「浅草寺の土地がたくさんある」。つまり、『浅草寺は不動産屋みたいなもの』なんだそうです。
お寺さんとしては珍しくお墓とか檀家さんに依存しなくてもやっていけるので強気なんだとか。
ふと思い出したのが、嘘かと思う友人の話で、「先日浅草寺境内でくわえたばこをするお坊さんを目撃した」というもの。
話だけ聴くとなまぐさ寺だわ、なんて思っちゃうけれど、あのあたりの活気を見ていると浅草らしいと笑って流せる話かなという気もします。
浅草、良いところです。
台東区あちこちに「浅草寺の土地がたくさんある」。つまり、『浅草寺は不動産屋みたいなもの』なんだそうです。
お寺さんとしては珍しくお墓とか檀家さんに依存しなくてもやっていけるので強気なんだとか。
ふと思い出したのが、嘘かと思う友人の話で、「先日浅草寺境内でくわえたばこをするお坊さんを目撃した」というもの。
話だけ聴くとなまぐさ寺だわ、なんて思っちゃうけれど、あのあたりの活気を見ていると浅草らしいと笑って流せる話かなという気もします。
浅草、良いところです。
2005年12月13日
冬恒例、キムチ作り(第3日目:本漬け編)
良く水切りをした白菜に漬け込むための、ヤンニョム作りと本漬けです。

白菜の中に挟むヤンニョムに必要な材料です。
左上から右に、出し入り唐辛子のり、大根とにんじんの千切りを塩もみ・水切りしたもの、唐辛子粉、にんにくと生姜のすりおろし・オキアミの塩辛を包丁でたたいて細かくしたもの、梨と柿をすりおろした物、メイプルシュガー・メイプルシロップ・白砂糖・オリゴ糖を一緒にした物です。左下から右に、玉葱・白ねぎ・あさつき・にら・みょうが、昆布の千切り・いか・牡蠣、水切りをした白菜です。
白菜以外のものを必要に応じた形態で用意して混ぜたものを、ヤンニョムといいます。
今回のポイントは、唐辛子は規定量を粉のまま一気に全て入れるのではなく半分ずつ入れることが
ポイントになると思います。
尚、入れ方としては、半分は粉のまま大根の千切りにまぶすこと
もう半分はもち粉とだし汁と一緒にして糊状にして混ぜることになります。糊にすることによってのちのちの醗酵を促進するためです。
また、
全体的なヤンニョム作りのポイントは、どの材料も、水気は良く切ってから混ぜること、
これが大事になります。
今回は材料には、いくつか去年と違うものを入れてみました。野菜はみょうがを足してみました。また、果物は前回は入れすぎたので量を調節したこと、魚介は今年は牡蠣を入れてみました。甘味料の砂糖も1種類ではなくいろいろなものをあえて混ぜてみました。

こうして、出来上がったヤンニョムと白菜です。
出来上がったヤンニョムを、下漬けの塩ふりの時と同様に、葉の間、根本にのみ挟んで行き、最後に一番したの葉でくるむようにしてタッパに入れ込みます。

これで、上にラップで密閉して、本来は重石を置くようですが、今回はタッパ一杯になったのでラップ密封のみで、そのまま蓋をしてベランダに出しました。大体4日くらいでふつふつ醗酵して沸いてくるので、そのあたりから食べられるようになります。去年は甘めだったので、今年は甘さより塩辛さを気にして作ったのがうまく行くか、楽しみです。
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白菜の中に挟むヤンニョムに必要な材料です。
左上から右に、出し入り唐辛子のり、大根とにんじんの千切りを塩もみ・水切りしたもの、唐辛子粉、にんにくと生姜のすりおろし・オキアミの塩辛を包丁でたたいて細かくしたもの、梨と柿をすりおろした物、メイプルシュガー・メイプルシロップ・白砂糖・オリゴ糖を一緒にした物です。左下から右に、玉葱・白ねぎ・あさつき・にら・みょうが、昆布の千切り・いか・牡蠣、水切りをした白菜です。
白菜以外のものを必要に応じた形態で用意して混ぜたものを、ヤンニョムといいます。
今回のポイントは、唐辛子は規定量を粉のまま一気に全て入れるのではなく半分ずつ入れることが
ポイントになると思います。
尚、入れ方としては、半分は粉のまま大根の千切りにまぶすこと
もう半分はもち粉とだし汁と一緒にして糊状にして混ぜることになります。糊にすることによってのちのちの醗酵を促進するためです。
また、
全体的なヤンニョム作りのポイントは、どの材料も、水気は良く切ってから混ぜること、
これが大事になります。
今回は材料には、いくつか去年と違うものを入れてみました。野菜はみょうがを足してみました。また、果物は前回は入れすぎたので量を調節したこと、魚介は今年は牡蠣を入れてみました。甘味料の砂糖も1種類ではなくいろいろなものをあえて混ぜてみました。
こうして、出来上がったヤンニョムと白菜です。
出来上がったヤンニョムを、下漬けの塩ふりの時と同様に、葉の間、根本にのみ挟んで行き、最後に一番したの葉でくるむようにしてタッパに入れ込みます。
これで、上にラップで密閉して、本来は重石を置くようですが、今回はタッパ一杯になったのでラップ密封のみで、そのまま蓋をしてベランダに出しました。大体4日くらいでふつふつ醗酵して沸いてくるので、そのあたりから食べられるようになります。去年は甘めだったので、今年は甘さより塩辛さを気にして作ったのがうまく行くか、楽しみです。
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2005年12月12日
冬恒例、キムチ作り(第2日目:水切り編)
第2日目は、下漬けした白菜の引き上げと、乾燥をしました。引き上げたのが真夜中でしたので、本漬けは翌日に持越しです。というのも、写真のように引き上げた白菜を根本を上に、切り口を下に形で5時間ほど自然放置で水切りが必要だからです。
前回の乾燥方法と比べて、やはり、水切りは手絞りではなくて、放置型の水切りのほうが良いとわかりました。前回は都合上時間がなくて手絞りをして、1時間ほど置いてから本漬けに入ったのですが、最終的に水気が多いキムチになりました。味が悪かったわけではないのですが、水気が多いところに味をしみこませるより、自然に白菜が不要な水を吐いた段階のほうが味の吸いが良いのだろうなと、触ってみて感じました。
ということで、
下漬け白菜の乾燥は、
面倒がらずに、丁寧に自然乾燥をすること
がポイントになると思います。
いよいよ明日は、ヤンニョム作りと、本漬けです。寒い日が続いているので本漬けに都合が良く楽しみです。
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2005年12月11日
冬恒例、キムチ作り(第1日目:下準備編)
今日からぐっと冷え込み、今週はずっと寒い日が続くそうです。
白菜も大きなものが並ぶようになり、良い時期になって来たので丸ごと2玉買って来て、冬恒例行事の「キムチ作り」をすることにしました。
参考テキストは、NHKから出版されているこの本です。実は持っていたはずなのに、どこかに行ってしまったらしく、あわててもう一度買いなおす羽目になってしまい、本は今日の午後到着しました。このテキストは写真が大きく、基本的なキムチ作りについてシンプルに書いてあるところが使いやすいと思います。ネットや、新聞の切り抜きなどで作ったこともありますが、そうするとちょっとしたコツが出ていなかったりして、細かい失敗をしてしまったり、今1つ塩辛いだけのキムチになりがちでした。この本だと基本の基本レシピが簡単にわかるので、お気に入りです。凝ったレシピや、種類が多く出ているわけではないですが、自分の場合は毎年1回の行事として漬けるくらいなので、これで十分なテキストだと思います。
さて、今回使った白菜は、昨晩近くのスーパーで取り置きしておいてもらった物を引き取ってきました。取り置きをお願いした一昨日の半値になっていてちょっと嬉しかったです。
キムチは、あの赤い状態で漬けられるまでに下準備が必要です。本が到着していなかったので、日本の白菜は水気が多いため先に干しておくと良い、という記憶を元に一晩2つの白菜を、ベランダに横にして出しておいたのがこちらです。
少ししなっとしていますが、相変わらずの大きさです。
でも、あとでテキストを見てみたら、カットして立てて日にさらして2,3時間干すのだったそうで、自分のやったのは転がしただけで意味がなかったのかも知れません。
下準備としては、白菜を4分の1にカットして、あらかじめ塩漬けに一旦しておくということです。下漬けのコツは、3点です。
1つは、カットの際には、白菜の根本から途中まで包丁を入れて、
最後まで切らず、手で裂くように開くこと、
このことによって確か白菜がばらばらになりにくいはずです。
2つ目が、塩水に一旦通してから、葉を丁寧に開いて
根本にのみ粗塩をする
ことだそうです。
最後の3つ目が、
白菜の外側から中心側に進むにつれて塩の強さは弱くすると塩辛くなりすぎない
そうです。
塩をした白菜は、互い違いにタッパなどに入れて、白菜をあらった塩水を注ぎ込んで一昼夜漬ける形になります。
明日は、塩水からあげて干したあと、ヤンニョム(キムチの赤いもとである、薬味です。)を作って漬け込むことになります。今日は夜遅く始めてしまったので、明日の日中に引き上げて、ヤンニョムと漬け込むのは無理なため、夜なべ作業
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2005年08月29日
2005年08月02日
たまや〜
隅田川花火大会。花火が上がるたびに「た〜まや〜」という掛け声をかけるのは本当なのね。道産子の私にとっては、新鮮です。
ところで、花火といえば、玉屋と鍵屋もあったはずですが、よく掛け声の例は玉屋ですよね。
調べてみると、花火の初代は鍵屋だったようで、後からのれんわけで出てきた玉屋のほうが、出来が良くて有名になってしまったんですってね。その名残なので。
しかし、その玉屋の栄華も、商売道具である花火の暴発で、零落していく事になったとか。街一丁を焼き尽くした上、それがよりによって将軍が日光参りをしている際に勃発した事件だったため、玉屋に対する刑がさらに重くなったのだそうです。そうして玉屋は街を追放され、廃業にいたったのだとか。
まさに花火のように華々しく打ちあがり、消えていくような話だわ。
毎年の隅田川の花火大会には、玉屋のご主人の魂はどう思っているのでしょうか。たーまやー、たーまやーとあちこちで楽しそうに叫ばれているのを見て、目を細めて喜んでいるのか、短い栄華を悲しんでいるのか。美しい花火に映る、一門の名声が幸せだったのか、はかない夢だったのか。
ところで、花火といえば、玉屋と鍵屋もあったはずですが、よく掛け声の例は玉屋ですよね。
調べてみると、花火の初代は鍵屋だったようで、後からのれんわけで出てきた玉屋のほうが、出来が良くて有名になってしまったんですってね。その名残なので。
しかし、その玉屋の栄華も、商売道具である花火の暴発で、零落していく事になったとか。街一丁を焼き尽くした上、それがよりによって将軍が日光参りをしている際に勃発した事件だったため、玉屋に対する刑がさらに重くなったのだそうです。そうして玉屋は街を追放され、廃業にいたったのだとか。
まさに花火のように華々しく打ちあがり、消えていくような話だわ。
毎年の隅田川の花火大会には、玉屋のご主人の魂はどう思っているのでしょうか。たーまやー、たーまやーとあちこちで楽しそうに叫ばれているのを見て、目を細めて喜んでいるのか、短い栄華を悲しんでいるのか。美しい花火に映る、一門の名声が幸せだったのか、はかない夢だったのか。
2005年06月30日
ひまわりの思い出
ひまわりと言えば、小学生の頃に、栽培の実習が隔年で、私の学年はずれだったので、栽培実習が出来なかった。ひまわりも、班やその学年によって大きくなり方が違うものだな、と帰り道々見上げたものだ。
夏の花の中で好きなのが、ひまわりではあるが、よくよく見つめていると、ひまわりのたねの集合体というのは、ちょっと不気味な気もする。それでも、じっと見ていると、おやつとしての、ひまわりのたねのことを思い出す。
中国では、おやつに、かぼちゃのたねやひまわりのたねが袋売りになっているものを割合よく食べると思う。
私は、地方都市の大学に1年語学留学生として滞在していた。滞在中は、毎日必ずそこの学生と顔を合わせていたものだが、勉強以外で遊びに行くと、大体、ひまわりのたねを差し出されたものだ。
学内の小さなお店で、袋に山盛りになった貧弱なひまわりのたねを、薄手のビニールに無造作に入れて、はかり売りされているのだ。それを、まるで暇つぶしのような流暢さで食べているのだ。
とにかく、暇さえあれば学生はひまわりのたねを食べているなというような、日常的なおやつだ。
自分のいた大学は、大きくはあったが、北京や上海に比べると質素な東北の地方都市である。付き合いのある学生達の生活も質素なほうだったと思う。
そんな学生達は、とても勤勉で、ほとんどの時間を学習に費やすが、週末などのわずかな息抜きは、おそらく、友人とのおしゃべりや、家族との手紙や電話、カセットテープの音楽であるとか、読書であるとか、大学講堂で、古いC級とも思われるようなインド映画を見ることとか、そういう質素な事柄のようだった。
自分も物見遊山で、ある日チケットを買って、講堂の映画を見に行って見た日があった。
チケットは買えたが、開場まではすごく時間があったので、周りをぶらぶらしてから、講堂へ出直してきて、ようやく講堂の扉を押してみる。
開演前で人が集まってはいるのに、異様な静けさと、かさかさかさかさ・・・という音が充満していて、驚く。そのまま、薄暗い中を進んでいくと、次は足元に、粉雪の中を歩くような感じがして、見てみた靴は粉っぽく白く、何かをかき分けている。
開演を待つ学生が、やっぱり暇つぶしみたいに猛烈な勢いで、ひまわりのたねを食い散らかしている所為だった。
よく見ると、歯で軽く齧ったかと思うと、次の瞬間にたねを噴出すような、手で投げ出すような状態で飛ばして、すぐまた次のたねを供給していく状態で食べている。リスなどが、たねを食べているスピードに引けを取らない速さだ。
自分もそんな、学生達をまねして食べてみても、たねを出せないままで、そのまま床に投げ出してしまう格好になる。あきらめて、歯で丁寧に開いてたねを出して食べようとするが、今度は貧弱なたねなので、皮が裂け散らばるし、よだれだらけになるし、うまく食べられない。
可笑しがった学生達が見かねて、食べ方を教えてくれる。
ひまわりのたねをつまんで、歯に対して垂直になるようにたねを銜えるんだ。で、齧ると同時に手でひねり、たねだけ食べる。そうして殻は捨てるんだ、と。
滞在中にはなんどもひまわりのたねの食べ方を練習させられたものだが、結局、中国人学生のように、暇つぶしのような優雅なスピードで食べられるようにはならないまま、帰りの時を迎えてしまった。
夏の懐かしい思い出の一つである。
夏の花の中で好きなのが、ひまわりではあるが、よくよく見つめていると、ひまわりのたねの集合体というのは、ちょっと不気味な気もする。それでも、じっと見ていると、おやつとしての、ひまわりのたねのことを思い出す。
中国では、おやつに、かぼちゃのたねやひまわりのたねが袋売りになっているものを割合よく食べると思う。
私は、地方都市の大学に1年語学留学生として滞在していた。滞在中は、毎日必ずそこの学生と顔を合わせていたものだが、勉強以外で遊びに行くと、大体、ひまわりのたねを差し出されたものだ。
学内の小さなお店で、袋に山盛りになった貧弱なひまわりのたねを、薄手のビニールに無造作に入れて、はかり売りされているのだ。それを、まるで暇つぶしのような流暢さで食べているのだ。
とにかく、暇さえあれば学生はひまわりのたねを食べているなというような、日常的なおやつだ。
自分のいた大学は、大きくはあったが、北京や上海に比べると質素な東北の地方都市である。付き合いのある学生達の生活も質素なほうだったと思う。
そんな学生達は、とても勤勉で、ほとんどの時間を学習に費やすが、週末などのわずかな息抜きは、おそらく、友人とのおしゃべりや、家族との手紙や電話、カセットテープの音楽であるとか、読書であるとか、大学講堂で、古いC級とも思われるようなインド映画を見ることとか、そういう質素な事柄のようだった。
自分も物見遊山で、ある日チケットを買って、講堂の映画を見に行って見た日があった。
チケットは買えたが、開場まではすごく時間があったので、周りをぶらぶらしてから、講堂へ出直してきて、ようやく講堂の扉を押してみる。
開演前で人が集まってはいるのに、異様な静けさと、かさかさかさかさ・・・という音が充満していて、驚く。そのまま、薄暗い中を進んでいくと、次は足元に、粉雪の中を歩くような感じがして、見てみた靴は粉っぽく白く、何かをかき分けている。
開演を待つ学生が、やっぱり暇つぶしみたいに猛烈な勢いで、ひまわりのたねを食い散らかしている所為だった。
よく見ると、歯で軽く齧ったかと思うと、次の瞬間にたねを噴出すような、手で投げ出すような状態で飛ばして、すぐまた次のたねを供給していく状態で食べている。リスなどが、たねを食べているスピードに引けを取らない速さだ。
自分もそんな、学生達をまねして食べてみても、たねを出せないままで、そのまま床に投げ出してしまう格好になる。あきらめて、歯で丁寧に開いてたねを出して食べようとするが、今度は貧弱なたねなので、皮が裂け散らばるし、よだれだらけになるし、うまく食べられない。
可笑しがった学生達が見かねて、食べ方を教えてくれる。
ひまわりのたねをつまんで、歯に対して垂直になるようにたねを銜えるんだ。で、齧ると同時に手でひねり、たねだけ食べる。そうして殻は捨てるんだ、と。
滞在中にはなんどもひまわりのたねの食べ方を練習させられたものだが、結局、中国人学生のように、暇つぶしのような優雅なスピードで食べられるようにはならないまま、帰りの時を迎えてしまった。
夏の懐かしい思い出の一つである。
2005年06月27日
老舗大威張り
通りがかりの御茶ノ水小川軒で、手土産を買う事にした。急で手持ちが無くて、飛び込んんでレーズンウィッチを買う事にしたのよ。その日はカフェはお休みだったので地下のレストランでたずねたところ、早速商品が出てきました。お会計もさっさと済ませて、さて行きましょうと思ったら、ウエイターのおじさまが、人の顔をじっと見ているのよね。
「今日は雨脚が強いからたまたま出足が悪くてあったけど、普段はね、予約しないとないんだよ。今度もし来ることがあったら電話してきてね。」
ふん、と思ってそのまま、近くのホテルまで知り合いのおばさまに会いに行ったわけ。
「雨脚のせいで今日は商品はあったけど、普段はすぐ売り切れちゃうんだって」、と手土産のレーズンウィッチを渡したら、おばさまが言うには、「ああ、そうよ、あそこはねぇ、まぁ、昔っから大威張りなのよねぇ。あの店は。」だそう。
あれが、老舗の大威張りというのだったというわけね。今思えば確かに、あのおじさま妙な表情していたわよね。
「今日は雨脚が強いからたまたま出足が悪くてあったけど、普段はね、予約しないとないんだよ。今度もし来ることがあったら電話してきてね。」
ふん、と思ってそのまま、近くのホテルまで知り合いのおばさまに会いに行ったわけ。
「雨脚のせいで今日は商品はあったけど、普段はすぐ売り切れちゃうんだって」、と手土産のレーズンウィッチを渡したら、おばさまが言うには、「ああ、そうよ、あそこはねぇ、まぁ、昔っから大威張りなのよねぇ。あの店は。」だそう。
あれが、老舗の大威張りというのだったというわけね。今思えば確かに、あのおじさま妙な表情していたわよね。
2005年06月26日
2005年06月25日
ねこさま
会社で、大掛かりな引越しをした際出てきた招き猫。みんながなぜか私のところに持ってきて、持って帰るように勧められて持って帰ってきたのよね。
リビングにおいて貯金箱にしているんだけれど、ねこ様の底フタがないので、ガムテープを貼っていた。最近はそれも面倒でフタ無しのまま。
なかなかの容量で、真面目に小銭貯金を1年すると30万ほどは貯められるのよ。
風水では、招き猫は思いの強い置物だから、金運を返って吸い取ってしまうので貯金箱には良くないという話もあるみたいだけど。
リビングにおいて貯金箱にしているんだけれど、ねこ様の底フタがないので、ガムテープを貼っていた。最近はそれも面倒でフタ無しのまま。
なかなかの容量で、真面目に小銭貯金を1年すると30万ほどは貯められるのよ。
風水では、招き猫は思いの強い置物だから、金運を返って吸い取ってしまうので貯金箱には良くないという話もあるみたいだけど。
2005年06月24日
暑さ感じてこそ
写真のデータ整理をしていたら、去年の今頃、かんかん照りの中で撮った一枚に目が留まりました。
あの日、一番暑い時間帯に多摩川べりを散歩していた時の事。
川べりとはいえ、炎天下に大学生2人組みがサンシンの練習をしていた一枚なのよね。
これを見ていて思い出したけれど、やはり自然の暑さを感じることは気持ちがいいものだわ。
この日、本当に暑くて暑くて、朦朧とし2度とこんな間抜けな散歩なんかしないわ、と思ったのだけれど、あの日の夕方の風がものすごく気持ちよくて、これこそ夕涼みだと思ったのよね。日中あの暑さの中で歩いたからこそ、感じられた気持ちよさだったと思う。
毎日エアコンの聞いた建物の中にいると忘れがちだけれど、やはり自然環境に身を置くと、気持ちがまったくちがう者です。
あの日、一番暑い時間帯に多摩川べりを散歩していた時の事。
川べりとはいえ、炎天下に大学生2人組みがサンシンの練習をしていた一枚なのよね。
これを見ていて思い出したけれど、やはり自然の暑さを感じることは気持ちがいいものだわ。
この日、本当に暑くて暑くて、朦朧とし2度とこんな間抜けな散歩なんかしないわ、と思ったのだけれど、あの日の夕方の風がものすごく気持ちよくて、これこそ夕涼みだと思ったのよね。日中あの暑さの中で歩いたからこそ、感じられた気持ちよさだったと思う。
毎日エアコンの聞いた建物の中にいると忘れがちだけれど、やはり自然環境に身を置くと、気持ちがまったくちがう者です。
2005年06月21日
燐寸の思い出
あんまり疲れた日には、ボタンを押すだけでも、お風呂を入れるのが億劫になる。そう思いながら、キッチンのマッチ箱を眺めていると、子どもの頃、何回やってもマッチの火をつけるのが怖かったことを思い出して可笑しくなった。
自分の祖父母のいる田舎は、なんてことのない山奥だ。
市街地というところには、1つだけ交差点があるが、何の意味をなすかわからない信号だ。バスは手を上げればとある場所からは止まってくれる。でもどれだけの人が乗るのかも不思議だ。市街は1ブロック分のとおりとその両端に存在するコミュニティで構成される。役場と農協と郵便局、無人の変電ボックス、美容師、商店が2つほど、だったろうか。農協には、野菜はだいたいあっても、肉はおおよそ冷凍豚、魚は味の濃い切り身の魚くらいしかない。鮮魚にあたるものは基本的に置いていないのだ。私たちとしては、アイスやお菓子を買って貰うのが重要な点だからそんな事は、どうでもよかったのだが。市街に行けば行く先で、どの子の孫だ、ああ、○○ちゃんの子ね、と母の随分昔の顔であろうものを思い出しながら、声をかけてくるおばさんとの会話が、毎年変わらず続けられる。
そんな「市街」から、心持奥に行った所に祖父母の家はある。
家のお隣は、田んぼしかなくて、川向に遠く他所の家が見えるくらいだ。車が来れば、どこの誰かなんてすぐわかるし、基本的に家の鍵は、かけない。
家の隣は田んぼ、後ろは山。夏には美しい緑の田んぼに景色が写る。暑いアスファルトの上では一面、車につぶされたバッタで一杯になる。
夜といえば、周りはまっくらで、星を見つめれば見つめるほど、吸い込まれそうで怖くなり、背筋に寒さが走るくらいだ。眠る時には、蛙の声で、向かいの川音さえかき消されて眠れなくなる夜となる。
水道、電気、ガスはあり、ストーブは灯油で問題ないが、お風呂の湯沸しは薪だ。ゴミを燃やすのも、薪だ。ごみ収集は来ないから、缶から瓶からとにかく燃やす。山からの雪解け水も引いて風呂や洗物に使う。
夕暮れにもなると、「風呂に入るか、入るなら薪に火をつけなさい」と薪の上に無造作においてある、大きな箱のマッチが、指差される。薪に火をつけてもかまわない、と祖父母は言いながら、外に片付けに出て行ってしまう。
箱を持ってみる。マッチがどちらの方向に向かって並んでいるか、躊躇しながら確認をしてみる。
マッチの頭を向こうに並んだ形で箱を持つ。何かで習った方法を何回か反芻してみる。
1本取り出して、改めて箱を持ち直してみる。
マッチをする方向は、手前へ向けて。もう一度反芻してみるが、顔に火花が飛んできそうで、怖くてしょうがなくなり、マッチ箱を置いて、外で片づけをしている祖父母を探しに行き、面倒くさいから、薪たいてよ、と呼んでくる。
そうして片づけが終わった祖父母が、ゆっくり勝手口にはいり、難なく新聞に火をつけ、薪をくべるのを見て、自分にも出来たはずだ、という思いで一杯になる。夕暮れに映える薪の日を眺めながら、少し火が落ち着いてきたら、ちょっと遠くから、大きくてよく跳びそうな薪を投げてみるが、なかなか奥までよく入らない。結局祖父母が、火が手につくのではないかと思うくらいまで奥に向かって投げ入れなおしをする。
火が全て回って、蓋を締めて、沸くのを待つだけになった時には、マッチを恐れた後悔と、準備をしてもらって後は待つだけという、なんとも言えない満足感で胸が一杯になって、食卓へと向かうのだった。
ボタン一つ押すのすらおっくうで、今日は人に風呂を入れてもらうのを待っていた私は、そのちょっとした待ち時間に、田舎の薪で沸かすお風呂を待つ時と同じような、懐かしい気持ちを思い出していた。
自分の祖父母のいる田舎は、なんてことのない山奥だ。
市街地というところには、1つだけ交差点があるが、何の意味をなすかわからない信号だ。バスは手を上げればとある場所からは止まってくれる。でもどれだけの人が乗るのかも不思議だ。市街は1ブロック分のとおりとその両端に存在するコミュニティで構成される。役場と農協と郵便局、無人の変電ボックス、美容師、商店が2つほど、だったろうか。農協には、野菜はだいたいあっても、肉はおおよそ冷凍豚、魚は味の濃い切り身の魚くらいしかない。鮮魚にあたるものは基本的に置いていないのだ。私たちとしては、アイスやお菓子を買って貰うのが重要な点だからそんな事は、どうでもよかったのだが。市街に行けば行く先で、どの子の孫だ、ああ、○○ちゃんの子ね、と母の随分昔の顔であろうものを思い出しながら、声をかけてくるおばさんとの会話が、毎年変わらず続けられる。
そんな「市街」から、心持奥に行った所に祖父母の家はある。
家のお隣は、田んぼしかなくて、川向に遠く他所の家が見えるくらいだ。車が来れば、どこの誰かなんてすぐわかるし、基本的に家の鍵は、かけない。
家の隣は田んぼ、後ろは山。夏には美しい緑の田んぼに景色が写る。暑いアスファルトの上では一面、車につぶされたバッタで一杯になる。
夜といえば、周りはまっくらで、星を見つめれば見つめるほど、吸い込まれそうで怖くなり、背筋に寒さが走るくらいだ。眠る時には、蛙の声で、向かいの川音さえかき消されて眠れなくなる夜となる。
水道、電気、ガスはあり、ストーブは灯油で問題ないが、お風呂の湯沸しは薪だ。ゴミを燃やすのも、薪だ。ごみ収集は来ないから、缶から瓶からとにかく燃やす。山からの雪解け水も引いて風呂や洗物に使う。
夕暮れにもなると、「風呂に入るか、入るなら薪に火をつけなさい」と薪の上に無造作においてある、大きな箱のマッチが、指差される。薪に火をつけてもかまわない、と祖父母は言いながら、外に片付けに出て行ってしまう。
箱を持ってみる。マッチがどちらの方向に向かって並んでいるか、躊躇しながら確認をしてみる。
マッチの頭を向こうに並んだ形で箱を持つ。何かで習った方法を何回か反芻してみる。
1本取り出して、改めて箱を持ち直してみる。
マッチをする方向は、手前へ向けて。もう一度反芻してみるが、顔に火花が飛んできそうで、怖くてしょうがなくなり、マッチ箱を置いて、外で片づけをしている祖父母を探しに行き、面倒くさいから、薪たいてよ、と呼んでくる。
そうして片づけが終わった祖父母が、ゆっくり勝手口にはいり、難なく新聞に火をつけ、薪をくべるのを見て、自分にも出来たはずだ、という思いで一杯になる。夕暮れに映える薪の日を眺めながら、少し火が落ち着いてきたら、ちょっと遠くから、大きくてよく跳びそうな薪を投げてみるが、なかなか奥までよく入らない。結局祖父母が、火が手につくのではないかと思うくらいまで奥に向かって投げ入れなおしをする。
火が全て回って、蓋を締めて、沸くのを待つだけになった時には、マッチを恐れた後悔と、準備をしてもらって後は待つだけという、なんとも言えない満足感で胸が一杯になって、食卓へと向かうのだった。
ボタン一つ押すのすらおっくうで、今日は人に風呂を入れてもらうのを待っていた私は、そのちょっとした待ち時間に、田舎の薪で沸かすお風呂を待つ時と同じような、懐かしい気持ちを思い出していた。
2005年06月10日
雨降り
今日から梅雨入り。
風のない日の雨の降り様が好きです。絵本などに出てきそうな、天から降りてくる直線の先に雨粒があるような降り方です。
こんな雨の日には街角でたたずんで雨を眺めるのも楽しいですね。
窓の近くで雨音を聞きながらうたた寝も素敵だわ。こういう降り方の時には、軒先の滴り方が、ぽたぽた、またいい音だから。
もしくは、14時から16時の雨降りには、おいしいコーヒーとクラシックの流れるラジオと、小説という時間も理想的かもしれない。
風のない日の雨の降り様が好きです。絵本などに出てきそうな、天から降りてくる直線の先に雨粒があるような降り方です。
こんな雨の日には街角でたたずんで雨を眺めるのも楽しいですね。
窓の近くで雨音を聞きながらうたた寝も素敵だわ。こういう降り方の時には、軒先の滴り方が、ぽたぽた、またいい音だから。
もしくは、14時から16時の雨降りには、おいしいコーヒーとクラシックの流れるラジオと、小説という時間も理想的かもしれない。
